大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和28年(行モ)1号 決定

申立代理人は、「熊本県八代郡郡築村々長解職賛否投票の執行は、申立人を原告、被申立人を被告とする熊本地方裁判所昭和二十七年(行)第三四号村長解職請求署名簿の署名に関する異議決定取消請求事件の判決が確定するに至る迄これを停止する」との裁判を求め、その理由とするところの要旨は、「申立人は郡築村の村長であるが、訴外奥村正直外二十五名の者は昭和二十七年十月五日同村々長解職請求代表者となり、同村の有権者に対する署名運動の結果有権者総数二千二百四十八名中八百八十二名の署名を蒐集したとして、同月二十七日村長解職請求者署名簿を被申立委員会に提出して署名の審査証明を求めた。然しながら右署名簿の署名には自署によらない多数の無効署名があつて到底法定数に達する筈がないにも拘らず、前記請求代表者より次期村長に推薦するから是非リコールを成立させて貰いたい旨の請託を受けた被申立委員会の本村委員長の独断専横により極めて不公平な審査がなされた結果、被申立委員会は同年十一月二十一日右署名簿の署名中七百七十二名の署名を有効と決定し同月二十三日より右署名簿を関係人の縦覧に供した。そこで申立人は同月二十九日被申立委員会が有効と決定した右署名中百三十四名の署名は自署によらない無効署名であることを理由に被申立委員会に対し異議申立をなしたのであるが、こゝに於ても本村委員長が他の委員の発言を封じて自己の意見を強要する等の不公平な取扱をした為、被申立委員会は僅かに九名の署名を無効と決定した外百二十五名の署名をすべて自署であると冒認し、同年十二月十三日右百二十五名の署名に対する申立人の異議を却下し、結局本件署名簿の有効署名を七百六十三名と修正した上同月十五日右署名簿を請求代表者に返付したのである。仍て申立人は同月二十五日熊本地方裁判所に被申立委員会が当初の審査に於て有効と決定し、その後更に申立人の異議を却下したものゝうち自署でないことの明らかな三十七名の署名に対し右各決定の取消を求める訴を提起し、右訴訟は目下同裁判所昭和二十七年(行)第三四号村長解職請求署名簿の署名に関する異議決定の取消請求事件として繋属中である、然るに前記の通り被申立委員会より署名簿の返付を受けた請求代表者は同月十九日右署名簿の外必要書類を添付して同委員会に村長解職請求書を提出し、被申立委員会に於ても同月二十一日これを正式に受理した上翌二十二日所定の告示の手続を了しているので、村長解職の賛否投票は右告示の日より二ケ月以内である昭和二十八年二月二十日に実施せられることになつているのである。然しながら前記訴訟の判決確定前に賛否投票が行われるに於ては、申立人が勝訴の判決を受けた場合申立人自身償うことのできない損害を蒙るのは勿論、投票の結果如何によつては、現に郡築村民の福祉増進の為早急に実現しなければならない同村一番割から六番割迄の地先二百四十町歩の干拓及び既に一部着工中の同村七番割から十二番割迄の地先二百六十町歩の各干拓工事、同村中学校の建設、排水タービンの設置、メタンガス採掘工事等の事業が悉く画餠に帰する虞なしとしないのであつて、かくては同村としても又償うことのできない甚大な損害を蒙ることは明白であつて、前記村長解職の賛否投票の執行を停止する緊急の必要があるから本件申立に及んだ」というにある。

仍て按ずるに直接請求制度に於ける署名簿の署名の効力について争がある場合には署名について重大な瑕疵があることの明白な場合はともかく、かゝる特別の事情の認められない限り本案訴訟の判決前賛否投票の執行を停止することは賛否投票を実施することにより申立人の蒙る虞れのある損害よりも右投票を停止することにより現実に公共の福祉に及ぼすべき影響がより重大であると考えられるのであつて、本件に於ては前記の如き明白且つ重大な署名の瑕疵の存在についての疏明もなく、現在迄の前記本案訴訟の審理の情況に徴しても右のような特別の事情を認めることはできないので、本件に於て賛否投票の執行を停止することは公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞があるものと認め、本件申立は理由がないものとしてこれを却下することゝし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 浦野憲雄 安仁屋賢精 下門祥人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!